▼公共政策セクション対話研究会 第17回
<福祉環境交流センター 連続セミナー第35回>
「農村福祉の中国・日本比較:社会学的視点から見た家族・コミュニティ・高齢化」報告

 千葉大学COEプログラムとしてアジアにおける「持続可能な福祉社会」 (Sustainable Welfare Society)を研究テーマのひとつとしている当センターでは、中国と日本の農村福祉を研究されている北京外国語大学副教授 宋金文氏を特別研究員としてお迎えした。宋氏は2月から6月まで日本に滞在され、積極的に日本の農村社会について調査研究された。公共政策部門第17回対話研究会は、宋氏を講師にお迎えし、急速な経済発展や高齢化の中で様々な課題に取り組んでいる現在の中国で、特に大きなテーマとなっている農村部における福祉のあり方に関して、幅広い視点からの中国・日本の比較や今後の展望についてお話いただいた。
 始めに宋氏から、中国の人口、高齢化の状況、中国の農村福祉の沿革と現状について説明された。2005年の中国の総人口は13億人を超え、57%が農村部に住み、高齢化率は7.7%であり、都市部との収入格差が大きいこと、農村部は土地保障を基盤とする家族扶養が基本であるが、医療、年金、福祉、介護の各分野の制度の整備が緊急課題となっていると述べられ、現在、進められている五ヵ年計画「新農村建設」計画の概要を紹介された。
 続いて、宋氏が長年、比較研究されている日本の農村社会について、都市化、兼業化が進み、都市並み生活様式に変化しているものの地域社会が健在で、医療保健・福祉介護制度とともに高齢者福祉を支えているとイメージをまとめられた。そのなかでの家族とコミュニティのあり方を、「家(イエ)」と「家族」に区分して、長男が家を継いで老親を扶養し、次三男が離村して労働力となるといった日本の「家」が持つ家族扶養システムと労働力供給システムの特徴に注目された。
 一方の中国は労働力移動の範囲が村内、県内が中心であり、移動資金がない、都市戸籍制度の制限、労働市場の未整備といった社会経済的な要因だけでなく、均分相続や扶養の輪番性といった「孝道」にもとづく倫理規範が影響していると述べられた。
 このような視点から宋氏が調査された日本の農村における老親扶養の実態調査と中国の老人扶養の実態を比較された。日本では、高齢化と女性の社会進出が進み、家族の規模が縮小するとともに主扶養者に変化が生じている(嫁難、後継者難)という変化が生じていること、中国では男子1人の場合はその息子と同居、複数の場合は既婚の息子と同居し、その他の息子から金銭を受け取るか、息子または娘に輪番で扶養されるという事情の違いを報告された。
 これらの比較から、日本は長子単独扶養という単純明快なシステムで、イエが安定すれば老人扶養も比較的安定するという長所と、私的な後方支援、援護部隊が無いという短所をあげられた。中国は「多子多福」で、複数の子供家族による救済が可能で、システム的には開放的で選択可能という長所と、責任分担が不明確で子家族間のトラブルや緊張関係を招きやすいこと、また一人っ子政策の影響でそのあり方が大きく変わることが予想されるという短所をあげられた。
 最後に日中両国は、労働移動や家族扶養システムの違いはあるが、変容する家族やコミュニティと、社会保障制度のあり方について共通の課題をかかえており、相互に学ぶところが大きいとまとめられた。
 その後、参加者を交えて、日本のイエ制度や両国の家族観がそれぞれの政策に及ぼす影響、改革が進められている中国の社会保障制度と産業政策との関連性、一人っ子政策が今後の中国社会に及ぼす影響についてなどの活発な質疑があった。また、本COEプログラムのプロジェクトリーダーであり、現在、国際協力機構(JICA)の中国の農村養老保険制度に関するプロジェクトにも参加している広井良典センター長から、日本と中国の特徴を鮮やかに切り取った報告であり、近い地域との比較の方がその特徴を際立たせるとのコメントがあった。

2006年5月24日13:00〜14:30 於:千葉大学文学部第2会議室

(文責:野村眞弓)

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