▼国際公共比較 第7回対話研究会 報告
「トマス・ペインのアメリカ独立論:平等な社会の実現に必要なロック解釈」について

 国際公共比較部門の第7回対話研究会が、2005年6月29日に、千葉大学の社会文化科学研究棟4階の「共同研究室2」において開かれた。今回の研究会では、千葉大学の公共研究センターのリサーチ・アシスタントである黒羽根貴之によって、「トマス・ペインのアメリカ独立論:平等な社会の実現に必要なロック解釈」についての報告が行われた。この報告は、黒羽根が執筆中である博士論文の一部に当たるものであり、トマス・ペインの理論についての斬新な理解が示された。
 黒羽根の報告は、アメリカの革命期におけるペインの理論に対するジョン・ロックの思想の影響の特質を明らかにするものである。黒羽根によると、アメリカ革命期の思想においては、「二人のロック」が存在していた。一方が、新来のヨーロッパ移民を代表するトマス・ペインであり、他方が、メイフラワー号以来の入植者を代表するジョン・アダムズ、アレクサンダー・ハミルトン、ジェイムズ・マディソンなどである。前者は、名誉革命体制を否定し、クロムウェルの革命の精神の下、一院制の代議制統治をもって平等を目指したのに対して、後者は、名誉革命体制を支持した上で、抑制均衡型統治を目指した。両者は、イギリスからの独立には賛同していたものの、建国のビジョンにおいて大きく異なっていたのである。ペインは、前者の立場から、ロックの「自然権として移住論ならびに労働所有論」によって本国からの独立を主張していた(大森雄太郎『アメリカ革命とジョン・ロック』慶応義塾大学出版会、2005年)。アメリカの植民地は、植民地人自身の労働の所産として成立したものであるから、もはやイギリスの本国の一部でない。こうして、アメリカの植民地は、イギリスの本国に対して対等な政治的地位を要求することができるようになった。黒羽根は、この発想が、さらにアメリカにおける平等な社会の実現に結びついていたことを指摘した。ペインの労働=所有論は、これまでの大土地所有に対して、自らの労働力と技能以外には何も持たない職人や小商人(土地を持たない新来の移民)の利益を重視することによって、社会的な平等の実現を目的とするものであったのである。ペインは、社会階層の差別化を認める抑制均衡論を認めることはできず、人民主権を念頭にした代議制統治(一院制議会)を主張した。
 ペインは、平等な個人を想定したが、全ての人が政治へと参加できると考えていたわけではない。ペインにおいても、社会の複雑化・広域化に伴って、代表者を選出する代議制統治が必要となることが見出されていた。但し、この代表者は、人民大衆からみて絶対的な上位者ではなく、世襲制という形での所与の地位でもないと解された。ペインは、全ての人が、人間の内面の同質性において平等であると主張したのである。黒羽根は、「一人の人間を他の人間よりも非常に高い地位におくことは自然の平等権からしても聖書の権威からもみとめられない」というペインの引用を示した。ペインにとって庶民は、エドモンド・バークの言うような無知で愚鈍なものではなく、豊かな知識を持ち、人格の陶冶も進んだ理性的な存在とみなされた。黒羽根が言うところ、当時のアメリカの庶民層は、独立戦争前から新聞やパンフレットなどの印刷媒体の発信・受信者となる機会が多く、政治や経済問題に関する関心は高かったのである。ペインは、難解で抽象的な哲学よりも、日常の規範や商慣習、および作物の増産を可能にする農業学や土木・機械工学や建築学に応用できる幾何学などの「実学」を奨励した。これは、勤労層の主体をなす民衆の知的な向上を図るものであったのである。このようにして、ペインの理論においては、社会的に平等な主体として個人が導出されるようになった。黒羽根の報告は、アメリカ革命におけるペイン理解を通じて、彼の理論の実践性を描き出したのである。
 上記のように黒羽根の報告は、アメリカ革命を通じて、急進主義者としてのペインの理論が持つ政治的な企てを問うたものである。黒羽根は、社会的に平等な主体を創出するための論理をペインに見出したのである。一般に急進主義の発想においては、個人の平等を前提として議論をする場合が多いが、この点を問うたところに黒羽根のペイン解釈の独創性があるといえる。次の課題としては、平等な主体からなる社会経済についての理論を示すことが求められることになるが、そこまでは論じられていない。これについては、今後の研究の進展に期待する。

(千葉大学公共研究センター COEフェロー 一ノ瀬佳也)

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