▼国際公共比較第8回対話研究会報告
【書評】 雨宮昭彦著『競争秩序のポリティクス:ドイツ経済政策思想の源流』(東京大学出版会2005年4月)

 国際公共比較部門第8回対話研究会では、本事業推進メンバーである雨宮昭彦氏(本学法経学部教授)の近著(『競争秩序のポリティクス―ドイツ経済政策思想の源流―』東京大学出版会、2005年4月)を取り上げ、著者および本部門の事業推進メンバー、フェローをふくむ10数人の参加を得て、討論を行った。
 本書は、かつてない経済危機に直面した両大戦間期ドイツに現れた多様な経済政策思想を再検討するものである。しかし、本書の射程は当該期のドイツ経済にとどまるものではない。本書では、同時期の経済危機に対する処方箋を提示しようとしたエコノミストたちの論争で現れた経済モデルが、両大戦間期を経て彫琢され、ナチズム期以後の現代ドイツの経済政策に連なる源流となったことが、新たな研究潮流の指摘とともに、説得的に示されている。
 このような視角の背景として、以下のような研究史が提示される。まず、1970年代末には、ドイツでも新自由主義的な経済政策への転換が進行しつつあったが、まさにそのとき、「ボルヒャルト論争」を通じて、両大戦間期のドイツ経済史研究に、ケインズ主義的/自由主義的という問題設定が自覚的に持ち込まれることになった。さらに、この論争を通じて、従来のナチス期の経済政策をケインズ主義と結びつける理解の相対化が行われた。米国の政治経済史家メイヤーは、ナチス期に行われた軍需も公共投資も、ドイツ経済の大恐慌からの急速な回復の推進力ではなかったことを明らかにした。そして新たに注目されたのは、ナチス経済が労働市場における硬直性の除去とフレキシビリティの回復という自由主義的な選択肢と密接な関係をもっていた点であり、またドイツの新自由主義的な経済学者たちがナチズム期の経済行政に積極的に関与していたことであった。このドイツの新自由主義は、「オルド自由主義(秩序自由主義)」と呼ばれ、著者によれば、その核心は、さまざまな市場形態に応じた「適切な競争政策論の構築」であった。戦後西ドイツの経済体制を示す概念は「社会的市場経済」であり、それは党派を越えた幅広いコンセンサスをもたらす「マジック・ワード」であったが、その核心もやはり「機能的な競争秩序」の再建・構築にあったことが主張されている。
 本書の分析の中心は、こうしたドイツの新自由主義経済学者たちの論考である。ドイツの新自由主義の旗手と目されたリュストウ、オイケンの論考、そしてナチス期に公刊された叢書「経済の秩序」に寄稿したベーム、ミクシュの著作、さらにナチスの政策諮問機関である「ドイツ法律アカデミー」の「第4部門国民経済の研究」における議論がそれである。リュストウ、オイケンらの議論では、ワイマール期ドイツの国家は、諸利害によって相互に引き裂かれた「獲物としての国家」であり、もはや「無能」であると烙印を押されていた。それに代わるように要求されたのは、「諸集団、諸利害の上に立つ」「強い国家」であり、その国家が市場の自由とフェアな競争を保障する役割を担うことであった。ここでは自由放任の自由主義でもなく、計画経済でもない「リベラルな国家介入主義」が唱えられていた。ナチス期には、その「新しい均衡」を創出するために、行われたのが「労使関係の革命」であった。全労働組合システムが破壊され、実質賃金は企業家が期待する方向で変化し、また国民所得に占める賃金・俸給のシェアも1932年から1938年の間に11%減少した。ベームやミクシュが考えた経済秩序とは、「理想的な競争過程」を前提として落ち着くと予想される市場価格と市場条件をあらかじめ国家が設定するという、あたかも競争が機能している状態であり、ミクシュは、それを実現する政策を「かのようにの経済政策」と定式化した。この競争を演出する市場統制のナチス期の形態を、ミクシュは、戦後に振り返って、「中央管理経済」と述べている。それは私的所有と争うものではなく、むしろ「私的権力が国家権力の影に隠れて繁栄するような権力化された経済」であったと述べていた。
 討論では、著者から「社会的市場経済」の再検討が現代的な意味をもつとの指摘が寄せられ、また現在のEU市場のあり方を考察する上で有益な示唆を含む研究ではないかとの意見があった。本書は、これまでナチズムの経済政策をケインズ主義的とみる、さらに通俗的には、ソ連の計画経済との類似性をみる理解に対して、その新自由主義的な関係をきわめて説得的に論じ、さらにその経済政策と戦後西ドイツ経済との連続性を問い直した意欲的な研究であるといえよう。また本書が行った、両大戦間期に新自由主義的な経済学者が構想した経済秩序の再検討は、現在まさに、世界規模で「自由競争」にもとづく市場の拡大が国家によって進められている現代社会を考察するうえで、きわめて有益な示唆を与えるだろう。

2005年7月27日 17:00〜19:00

(COEフェロー 浅田進史)

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