▼公共政策セクション対話研究会 第11回
<福祉環境交流センター 連続セミナー第30回>
「共生空間『見沼田んぼ福祉農園』の取組み:生命とコミュニケーションの多元化を目指して」報告

 千葉大学21世紀COEプログラムでは『環境と福祉』の統合をテーマの一つに挙げていますが、地域レベルにおいて、福祉やケアと自然(農業)の要素を融合させた様々な試みが各地で展開され始めています。今回は、そうした先進的な取組みとして注目されている埼玉県さいたま市の「見沼田んぼ福祉農園」の活動について、見沼・風の学校から猪瀬浩平氏、石井秀樹氏をお招きしてお話を伺いました。(なお、予定していた見沼田んぼ福祉農園代表の猪瀬良一氏は残念ながら体調不良のためお見えになれませんでした)。
 見沼田んぼとは、埼玉県のさいたま市と川口市にまたがって東西10km、南北14km、面積1260haの広大な緑地空間です。1958年の狩野川台風による水没被害の際の遊水地として機能が認識され、1965年に制定された宅地転用を原則として認めない見沼田圃農地転用方針(『見沼三原則』)によって保全されています。見沼田んぼ福祉農園はその一角の約1haを県から委託を受け管理する形で、農地の保全と活用を障害者の福祉の場を融合した活動を展開しています。
 見沼・風の学校はその活動の一環であり、講演者の猪瀬浩平氏は事務局長、石井秀樹氏は事務局スタッフとしてその運営に携わっておられます。石井氏からは、見沼田んぼが一般市民・地権者・行政のパートナーシップで保全されてきた経緯、代表の猪瀬良平氏が知的障害のある長男のデイケアの場として福祉農園に取り組まれてきた経緯が紹介されました。近隣の農家から営農指導を受けながら、学生ボランティアを中心に農園の整備・管理を行い、販売目的の野菜生産を行う傍ら、園芸療法・森林療法といったケアの場、企業の社会貢献や研修の場、大学のインターンシップなどの場として農園が利用されているという、環境保全活動がコミュニティ、ケア、障害者の働く場などという新しい拡がりを持つ可能性を示唆され、また機関誌「見沼学(みぬまなび)」を創刊されたと述べられました。
 続いて猪瀬氏からは、機械や農薬を使わない近代化以前の農業では多元的な小さな作業が多く障害者も働けること、また、その土地で智恵や技術が培われてきたことをあげ、これらが福祉農園という場を通じて出会った様子を紹介されました。また、埼玉と千葉といった都市と農村の狭間という立地の意味するもの、伝統的なコミュニティと新しいコミュニティとの出会い、知的あるいは人的な資源の提供や学生の意識の変化といった大学とのかかわりなど、見沼・風の学校の取り組みをより掘り下げて述べられました。
 参加者からは、障害者の就労や子供の遊び場作りのような関連した活動、行政とのパートナーシップ、地域や活動に参加している団体間などコミュニティ内外の関係、先端的あるいはモデルとしての可能性などについて質問がありました。“見沼田んぼ”という広くて何も無い空間という場に人が集まり、農業という逃げられない仕事に試行錯誤で取り組んで自分達の力量があがっていくという、今までの活動を総括されるとともに、行政との交渉や利用団体間の調整などの具体的な運営に関するノウハウが披露されました。
 最後にコーディネイトした千葉大学の広井良典氏からは、福祉・医療と環境とスピリチュアリティの分野をつなぐ「福祉・環境・スピリチュアリティネットワーク(Welfare, Ecology and Spirituality Network:WESネット)」構想が紹介されて、各地の事例を千葉での実践につなげたいとのコメントがありました。
 40年以上にわたり行政と市民が協力して環境の保全に努めている見沼田んぼという環境を活かして、地域を巻き込みながら障害者のケアと就労、若者の社会参加、地域で培われて伝統的な農業を基盤とする生産技術と生活習慣、これらをみごとに融合させている見沼福祉農園、見沼・風の学校の活動は、“環境”、“福祉”、“市民社会”、“公共”をキーワードとする本COEプログラム「持続可能な福祉社会に向けた公共研究拠点」の目的が具現化できることを示していると思われます。同時にこの活動を“持続可能”なものにするよう、財政面や組織マネジメント面を含め、見沼福祉農園、見沼・風の学校は活動基盤の強化を図るという次のチャレンジの段階を迎えているとも感じました。

2005年11月30日(水)15:00〜16:30

於:千葉大学大学院社会文化科学研究系総合研究棟2階 マルチメディア会議室

(文責:野村眞弓)

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