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公共政策

公共政策部門サブリーダー 倉阪 秀史(法経学部助教授)

 思想的基礎の上に歴史的洞察を合わせて、量的な成長を前提としない社会制度のあり方を構想し、あるべき制度に転換するための具体的な道筋を提言する。

趣旨
地球全体の量的な成長の限界
 18世紀末の産業革命以来、人間の経済社会は、成長の一途をたどってきた。人口も、一人当たりのエネルギー消費量も、指数級数的な成長を達成してきた。このような指数級数的成長をささえてきたのが、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料の利用である。人類は、エネルギー集約的な食糧生産によって、人口を支える食糧生産を維持してきた。
 しかし、化石燃料を燃料させてエネルギーを取り出すことによって、大量の二酸化炭素が発生することとなった。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが大気中に蓄積すれば地球の温暖化が引き起こされる。100年間で1.4〜5.8℃上昇するという現在予想されている温暖化は、人間の経済が過去に経験したことのない急激なものである。すくなくとも人間の知恵で適応できる範囲に、温暖化をとどめることが必要となっている。このために、産業革命以来つづけられてきた経済成長のあり方を見直すことが急務である。
 
人口減少経済と日本
 日本は、人口減少に直面している。出生率は、過去最小を記録し、高齢人口は、世界最高水準に達している。社会経済を支える働き盛りの年令層が相対的に減少することによって、年金負担と支払のバランスがくずれ、これまでのような年金制度が維持できなくなってきている。前の世代に比べて、次の世代がより大きな経済の規模を達成するという前提が崩れていくと、「過去に約束された支払」が次の世代の経済に重くのしかかっていくこととなる。「過去に約束された支払」は、高齢人口に対する年金や医療費などの支払いにとどまらない。建物や構造物の更新・廃棄に要する費用も、「過去に約束された支払」 である。高度成長期に建設された建物の更新期を迎え、今後、20年間で発生する建設廃棄物は倍増することが予想されている。固定資産やインフラの更新・廃棄に要する費用が捻出できないこととなれば、その地域はスラム化し、都市の機能を失っていく。
 
成長を前提としない経済社会
 以上のふたつのストーリーから、成長を前提としない経済社会への移行を考えるという大きな課題が浮かび上がる。すくなくとも、資源・エネルギー集約的な経済成長は持続可能ではない。また、次の世代に経済の規模が拡大することはもはや自明ではない。持続可能な社会を具体的に構想する必要がある。このとき、人間の福祉が確保され増進されることを目的から外すわけにはいかない。環境への負荷を減らすといっても、人間の存在を否定していく方向で議論を進めるわけにはいかない。この点で、「持続可能な福祉社会」という用語を採用する。
 公共政策セクションでは、このような「持続可能な福祉社会」に向けた実践的な研究を進めていく。とくに、ふたつの課題がある。
 第一に、「持続可能な福祉社会」とはどのような経済社会かを描き出すという課題である。そこでは、民間の経済活動はどのような原理で営まれているのだろうか。個々の企業の競争と全体の経済規模の安定とはどのように両立するのだろうか。世代間の役割分担はどのようにすべきだろうか。このような様々な課題を検討していくことが第一の課題である。
 第二に、現在の経済社会を「持続可能な福祉社会」に移行させるためにどのような政策を講ずるべきかという課題である。現在の税財政はどのように変革されるべきだろうか。企業や個人が果たすべき義務はどのように変わるべきだろうか。高齢人口の役割はどのように変わるべきなのだろうか。このような課題について、具体的な政策提言を構想していくことが第二の課題といえる。
 
新しい行動原理の必要性
 以上の課題は、これまでのわれわれの行動原理自体を見直すことにつながっていく。もはや「自由」と「平等」を確保することが良いことであると単純に述べることはできない。
 われわれは、環境の制約を前にして、さまざまな「ムダ」の存在が「自由」の前提であったことに気づく。他人の権利を侵害することなく個人が「自由」に振る舞える領域が確実に狭まってきている。「ムダ」を確保するためには、何でもできるという意味での「自由」は制約されなければならない。では、このことは、他人から強制されないという意味での「自由」といかにして両立できるのだろうか。また、現在の社会の構成員の間の「平等」を確保することが、将来の世代の取り分を損なうこともあろう。「共時的な平等」と「世代間の衡平」はいかにして両立できるのだろうか。
 このような問いかけは、政府の役割をみなおすことにもつながる。これまでの政府は、効率的な資源配分と公平な所得分配が確保できれば、及第点であった。これからの政府は、これらのふたつの政策課題に加えて、持続可能な規模を確保するという新しい課題を与えられることとなろう。
 
市民参加の必要性
 ただ、持続可能な規模といっても、その規模を判断することは容易ではない。地球の収容能力の大きさは、どのような生活水準を想定するかによって大きく変わることとなる。すべての人がアメリカ並みの生活を営むことを想定した場合には、現在の人口は地球の収容能力を超えているといえるかもしれない。また、どのような空間的な範囲で持続可能性を想定するかという点を判断することも難しい。そもそもある程度の空間的広がりがないと生活に必要なものを賄うことはできないが、食糧をはじめとする必需品を海外に依存する今の状況は適切ではないという考え方もあろう。
 すくなくとも持続可能な規模は、自然科学的な知見だけでは決定できないのは明らかである。この政策の程度を判断するに当たっては、個々の構成員の価値判断と構成員間の合意形成のプロセスを欠かすことができない。
 
本プログラムへの期待
 以上のような認識から、本COEプログラムでは、従来の政策研究に見られない次の特徴を備えることとした。第一に、政策形成にあたって公共哲学のバックボーンを得ることである。第二に、政策形成における市民参加のプロセスを重視することである。
 このような新機軸を備える本プログラムから、「持続可能な福祉社会」の実現に向けた具体的な政策提言が数多くだされるよう努力したい。


「公共政策」事業推進メンバーのご紹介
広井良典
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)教授
社会保障論・公共政策
拠点リーダー(定常型社会=持続可能な福祉社会ビジョンの検討/持続可能な福祉社会構想プロジェクト主担当)
倉阪 秀史
(個人ホームページ)
人文社会科学研究科(公共研究専攻)准教授
環境経済学・環境政策
公共政策担当サブリーダー(持続可能な経済社会に向けた政策パッケージの検討/持続可能な経済システムプロジェクト主担当)
小川 哲生
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)准教授
公共政策論・比較社会政策
国際関係担当サブリーダー・公共政策担当(アジアの少子高齢化と社会政策・社会の質アプローチ/アジア福祉ネットワークプロジェクト主担当)
新藤 宗幸
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)教授
行政学
公共政策担当(地域の視点からの政策デザインの検討)
工藤 秀明
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)教授
環境経済学
公共政策担当(環境社会経済学=エコロジカル経済学の構築)
石戸 光
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)准教授
国際経済論
公共政策担当(アジア経済分析)
大石 亜希子
 
人文社会科学研究科(公共研究専攻)准教授
社会保障論・労働経済学
公共政策担当(雇用・社会保障政策に関する実証分析)


 
     
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